日本人作曲家 菊田裕樹さんほど、人々の記憶に消えない痕跡を残したゲーム作曲家はいないでしょう。 菊田さんは、30 年以上にわたり、『双界儀』 (1998 年)、『クーデルカ』 (1999 年)、『インディヴィジブル 闇を祓う魂たち』 (2019 年) などの作品を手掛けてこられました。また、『聖剣伝説2』 (1993 年) から『聖剣伝説VISIONS OF MANA』(2024年)に至るまでの『聖剣伝説』シリーズの大半の音楽をご担当されています。 『聖剣伝説2』の象徴的なオープニング テーマが深く脳裏に刻まれている JRPG ファンを探すのに、さほど労力は必要ないでしょう。過去 10 年にわたり、菊田さんはその多彩な芸術的才能を活かし、世界中のさまざまなインディー ゲーム プロジェクトに貢献していらっしゃいます。
Scarlet Moon Promotions を通じて、私たちは菊田さんに芸術的感性、SF への愛、VGM の目指すべき方向性に対するお考えについて一連の質問をする機会を得ました。以下が、その対談の内容です。
このインタビューは、こちらから英語で読むことも可能です。
RPGFan: 以前のインタビューで、自分の作るVGMの目的は、聴く人を楽しませることだとおっしゃっていました。ゲームのストーリーやシーンに合う音楽と、ゲームのコンテクスト外でも聴くことができる音楽を作ることの間で、どのようにバランスを取っているのでしょうか?
菊田さん:ゲームのBGMというものは、どれだけ密接にゲームのストーリーやシーンに寄り添えるかどうかが大切です。どれだけ素晴らしく印象に残る楽曲だとしても、ちゃんとゲームそのものに寄り添っていなければ価値がない、と僕は考えています。そういった、BGMとしての役目をちゃんと果たした上で、さらに作曲家としての個性を乗せることが出来るとしたら、それこそがゲーム音楽作曲家というものの、本当の実力なのではないでしょうか。僕自身は、そういうふうに考えて、自分の仕事を頑張っています。
RPGFan: 菊田さんは、今までのキャリアの中で古典的なSF小説に関連した名前をいろいろな場面で用いておられます。ゲーム化を期待するSF創作物はありますか?また、サウンドトラックを作曲してみたいSF物語はありますでしょうか?
菊田さん: 正直なところ、ゲーム化を期待するSF創作物は、たくさんありすぎて選ぶのが困難ですね。しかし、あえて挙げるとすれば、Stanisław Lem の Cyberiad です。科学とファンタジーと歴史と哲学を見事に融合させた傑作で、愛着があると同時に、物語の構造がゲーム的で、親和性が高く、僕自身がゲーム化したいという願いを持っている作品でもあります。また、サウンドトラックを作曲してみたいSF物語ということであれば、僕が長年のファンとして憧れているAlfred Elton van VogtやBarrington J. Bayleyの作品ならば、どれでも作曲してみたいです。


RPGFan: 「Scarlet Moon」では、日本国外のゲーム開発者との協力や、さまざまな新しいゲームのジャンルにも挑戦されていました。外国人のゲーム開発者と仕事をする時、音楽の感性はどのように変わりますか?
菊田さん: 仕事における方向性や完成度という意味では、日本だから海外だからということでは何も変わりませんが、さまざまなコンベンションにゲストとして招かれたり、海外のファンに会ったりしてきた僕の所感として、日本人より外国人のほうが、ゲームやコンテンツに対する情熱の総量が大きいのではないかと思っています。嘆かわしいことですが、どうやら日本に住んでいると、いろいろな楽しいコンテンツが溢れている状況が当たり前のように感じられて、日本人の持つ感性によって生み出される作品の価値を低く考えたり、創作者へのリスペクトを忘れてしまう傾向があるようです。
むしろ、日本以外の人々のほうが、日本らしいコンテンツを理解し、求め、その価値を高く評価しているのではないかと感じます。現に、僕のところに来る面白そうな提案は、圧倒的に海外からの方が多いのです。たとえそういった提案がどのような経緯で僕のところに持ち込まれるにせよ、僕は、人間が持つ情熱や誠意や心の力をとても大切なものだと考えていますし、他のどのような要素にも増して、僕と一緒に仕事をしたい、僕と一緒にものを作りたいと思ってくれる人間のことを、大切にしたいと考えています。
RPGFan: 「聖剣伝説2」のリリース後すぐの段階では、人々はオリジナル作品をあまり受け入れなかったと言及されていましたが、その後アレンジ・アルバム『シークレット・オブ・マナ+』を作成されました。もう一度見直したい、または再アレンジしてみたいサウンドトラックはありますか?
菊田さん: 僕が制作に関わったどの作品も、その瞬間に全力で作っているから、誰にどのように批評されたとしても、それは重要なことではなく、遊んでくれた人や、聴いてくれた人が、楽しいと感じてくれれば、それが価値のすべてだと考えています。音楽として良いか悪いかなどという批評的な視点には、僕は興味がありません。だって、考えてみてください、子供の頃はそんなこと誰も思わなかったでしょう。僕は今でも子供の心を持って作品を生み出していますから、作品を味わう人にも、子供の心を持って遊び、聴き、その世界に耽溺してほしいと、心から願っているのです。
RPGFan: 20年以上前、菊田さんはインタビューで、ゲームは芸術ではなく娯楽であると述べました。最近では「Scarlet Moon」のブログで、自分は商業芸術家であって、本物のアーティストではないと語っていました。菊田さんの中で、ゲーム音楽は「娯楽・商業用のものである」という考えから「本当の芸術」に変化したでしょうか? もしそうでないとしたら、VGM と他の音楽を区別するものは何だと考えますか?
菊田さん: 大きな前提として、芸術と、エンターテイメントは、互換性がないと僕は考えています。それはどういう意味かというと、芸術は必ずしも人を幸せにしませんが、エンターテイメントは必ず人を幸せにします。人を幸せにしないものを、誰もエンターテイメントとは呼ばないでしょう。僕は、芸術的な要素を基盤にした作品を生み出しますが、それはあくまで娯楽であることに存在意義があり、その目的が、人を楽しませ、幸せにすることから外れることはないのです。音楽は、本来的にnonverbalなものですから、どんな国のどんな人間の心にも、言語の壁に邪魔されることなく届きますし、奥深くに刺さります。その圧倒的な力を、人を幸せにするために使わないとしたら、愚かだとは思いませんか。
RPGFanの取材に対し、貴重なお時間と深いご考察をもってご回答くださいました菊田裕樹さんに心より深謝申し上げます。また、Scarlet Moonの皆様には、菊田さんとご縁を繋いでくださったことに対し、改めて厚く御礼申し上げます。菊田さんの多くのサウンドトラックは、ストリーミングサービスで配信されているほか、こちらのサイトでもお聴きいただけます。
翻訳協力:Maki Wardell